東京高等裁判所 昭和40年(ラ)357号 決定 1965年10月21日
抗告人 野村広一(仮名)
相手方 野村梅(仮名) 外三名
主文
原審判を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
抗告費用は相手方らの負担とする。
理由
抗告人は主文第一、二項と同旨の決定を求め、その抗告の理由は別紙のとおりである。
按ずるに、原審判は、被相続人野村三郎の遺産は株式会社○○書院に包括遺贈され、昭和三七年一月一九日同人の死亡と同時にその一切が同会社に帰属したから、同人には分割の対象たる遺産が存在しないとして本件申立を却下したものである。
しかし、本件記録によれば、被相続人野村三郎は株式会社○○書院の株式六〇〇株を所有していたことが窺われるところ、同人がこの株式をも同会社に遺贈したものかどうかは、原審判摘示の遺言状の記録によつては必ずしも明らかではない。右遺言状の記載が野村三郎所有の財物をあげて将来設立すべき株式会社○○書院に帰属せしめる趣意であることは疑がないが、その趣旨が、もともと同人の個人企業たる○○書院の出版事業を法人化し、これにその個人財産を帰属せしめて相続の対象から外し、その相続による散逸ひいて企業の解体を防ごうとするにあつたこと、約言すれば、野村三郎の個人企業を客観化してこれに独立の生命を与え、これを実質上野村一族の企業として永続させようとするにあつたことは、これまた右の記載その他記録上疑を容れる余地がなく、したがつて、その趣旨に直接関係のない前記株式までも遺贈の対象としたものとは必ずしもいい難い。このことは、右の遺言状作成後でかつ株式会社○○書院成立後の昭和三六年一一月野村三郎によつて作成された○○書院規約(記録八六丁)に、同会社の役員として抗告人も常務取締役に就任し、二五〇株の株式を所有するものと定められ、また、野村三郎の引退後はその持株は抗告人を含む同人の相続人に分与されるものとされていることからも窺われる(もつとも同会社の定款(記録二三〇丁)および登記簿謄本(同二〇七丁)によれば、抗告人は同会社の株式を引受けておらず、その取締役でもない)。のみならず、株式を会社に遺贈してその散逸を防ごうとしても意味はない。株式には自由譲渡性があつて、その譲渡を拘束することができないだけでなく、株式会社○○書院が自己株式の遺贈を受けてもこれを保有しておくことは許されず、可及的速かにこれを処分しなければならないからである(商法二一一条)。それ故に、野村三郎がその所有株式の散逸を怖れ将来株式会社○○書院を設立してこれに前記株式を遺贈すべきものとすれば、その結果はかえつて同人の意思に反してその株式が野村一族の手裡から離脱することなきを保しない理である。遺言も法律行為であり、その文言の解釈は合理的でなければならない。本件の遺言状に「野村三郎及び野村東圃名義の財物はすべて○○書院の財物とする」旨の文言があるからといつて、その財物中に前記株式も包含される旨の明示がある等他に特段の事情がない限り、その財産保全のため将来設立さるべき会社の株式までも右の財物の中に包含されるものと解することは、以上の理由により必ずしも合理的ではなく、したがつて、前記六〇〇株の株式をも含めて野村三郎の遺産がすべて株式会社○○書院に包括遺贈されたとするためには、さらにこれを首肯せしめるに足る根拠を示さなければならない。
しからば、右の株式の帰属につき他になんら特段の判断を示すことなく、たやすく野村三郎に分割すべき遺産が存在しないとして本件申立を却下した原審判にはいまだその審理を尽さない違法があるというのほかない。
なお、以上述べたところからすれば、三郎の遺産中に、全く日常生活に関するもの等○○書院の事業に無関係なものがあるならば、これも遺贈の対象に含まれると解釈すべきかどうか、問題とする余地がある。
以上の理由で家事審判規則第一九条第一項により原審判を取り消して本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、抗告費用の負担について家事審判法第七条、非訟事件手続法第二六条、第二七条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 浅賀栄 裁判官 小堀勇)
抗告理由<省略>